誕生日の学び
私は主人との関係で
直接的ではないものの物腰柔らかく伝えたのだから
当然理解しているはず
と思い込んでいた
昨月末、27日は私の誕生日であった
主人は結婚当初、
「その年になって誕生日なんて祝うの?」
という発想の人で
誕生日を祝うか祝わないかで毎年揉めていた
私にとって誕生日とは
この世に生を受けた喜びを共に祝う日であり
命を受けたことを感謝する日である
同じ日本に住んでいて
こんなにも認識差があるとは想定していなかった
その驚きから数年後
今年の誕生日は高級フレンチレストランを
予約してくれたことに私は心から驚いた
昨年までと違った事はただ1つ
私が要望をはっきりと言ったか否かである
日本人の発想として
はっきりと物事を伝える事はあまり歓迎されず
婉曲な表現や柔らかな表現が好まれる
しかしこの婉曲な表現や柔らかな表現で
物事の真意が伝わる事はほぼないと言っていいだろう
コミュニケーションにおいて
たった一度言ったことが伝わる事は無い
と思った方が良いのである
明確に何度も何十回も繰り返して伝える
これでようやく伝えたいことの20%が伝わる位の感覚が正しいと思う
人は皆、自分が理解してるものしか理解できない
だとすれば、新しい物事が簡単に入っていくことなど
容易では無い
一度言ったのに一晩寝たらすぐ忘れる
全くわかっていない
このように私は怒っていた
今は100回言って理解できたら上出来
と捉えている
伝えたつもり、分かったつもり
これが間違いのもと
コミュニケーションをとる上では
相手のことをわかっていないと言う前提で
もっと傾聴に力を注ぐ必要があると悟った誕生日であった
Éternité
Junko
コメント
コメントを投稿